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カテゴリ:読書
  • 佐賀のがばいばあちゃん
    [ 2007-06-16 19:32 ]
  • 俄ー人生という舞台
    [ 2006-05-10 15:34 ]
佐賀のがばいばあちゃん
島田洋七さんの「佐賀のがばいばあちゃん」(徳間文庫)を読みました。広島の母の元を離れ、佐賀に住む祖母に預けられた8歳の少年の生活を描いた実話。ちなみに、タイトルにある”がばい”とは「すごい」という意味だそうです。

近くの川に流れてくる市場で捨てられた野菜やザリガニを拾って食べながら生活するという貧乏生活を送りながらも、明るく楽しそうに毎日を送っているお婆さんの言葉にはユーモアと独特の哲学があって、面白いです。また、主人公のまわりにいる人たちのさりげない優しさが感じられて、心が温かくなる良い本です。(思わずホロリと涙ぐんでしまうシーンも幾つかあるので、電車の中で読む場合は要注意です・・・。)

写真:庭の紫陽花
by hicello | 2007-06-16 19:32 | 読書
俄ー人生という舞台
ダラスとニューヨーク間の移動は6時間ほどかかるので、飛行機の機内に司馬遼太郎の「俄(にわか)ー浪華遊侠伝ー」という本を持ち込んで読むことにしました。「俄」という本は、全部で800ページほどあります。普段家にいるときはじっくり本を読む時間もなかなか取りにくいので、こういう長い本を読むのには飛行機の中が最適です。

内容が面白いので夢中になって読んでいたところ、隣に座っていたSalというおじさんに話しかけられました。

Sal 「何を読んでいるんだい?」

hicello 「侍の人生について書かれた日本の本です。」

(※この本の主人公は大阪の任侠で、侍だけでなくいろんな職業に携わっていますが、英語で長々と説明するのは大変なので一言で省略してしまいました。)

Sal 「面白いのかい?」

hicello 「この本の作者は日本の歴史と絡めてお話を書いているので、内容が濃くて楽しいですよ。」

Sal 「僕は日本語が読めないから残念だなぁ。翻訳は出てるのかい?」

hicello 「この本自体はあまり有名ではないので出ていないでしょうね・・・。でも、この作者は他にも沢山本を書いているから、他の本だったらきっと出ているんじゃないかと思いますよ。」

Salさんは興味津々で、最後に作者の名前を教えてほしいと頼んできたので、司馬遼太郎の名前をローマ字でメモ帳に書いて渡してあげました。

早速家に帰ってからAmazonで司馬遼太郎の英訳本があるのかチェックしてみたところ、英訳が出版されているのは「最後の将軍ー徳川慶喜」、「空海」、「酔って候」の3冊だけのようです。

アメリカ人の読者評を見ると、どれもなかなか高い評価を得ているようです。「他の本が翻訳されるのを楽しみにしている」とコメントしている人もいました。しかし、このような長編の歴史小説は、翻訳に手間と時間がかかるので、よほどベストセラーになるような見込みがない限り翻訳されないのではないかと思います。ただ同時に、こういう日本の優れた本ほど、翻訳されて海外に積極的に発信されたらいいのにと残念に思います。

「俄」のお話について簡単に説明すると・・・

幕末から大正にかけて大阪に実在した明石屋万吉(小林佐兵衛)という人物をモデルとして書かれています。父親に捨てられた主人公の万吉が一家を支えるために、どつかれ屋から始まって、米相場破り、極道屋、侍、消防隊長など次々と他の人に頼りにされるままに役目を果たしながら波乱万丈の人生を渡っていくという話です。

「俄」とは、路上などでやる即興喜劇のことです。万吉が人生を振り返って「わが一生は一場の俄のようなものだ。」と言った晩年の言葉から、この本のタイトルをつけられたそうです。

この話で印象的なのは、万吉のユーモアあふれる人柄と人間好きな性格でしょうか。自分の体を張ってでも周りの人を助けようとする主人公の一本気なところが魅力です。そんな万吉の人柄を慕って、万吉が20代半ばを過ぎた頃には大阪で千人以上もの人が万吉のことを親方と仰ぐようになります。

また何よりも感心したのは、どんな酷い目に遭わされても相手を憎まずにけろっとしている万吉の性格です。例えば、一緒に旅をしながら密かに新撰組と共謀して万吉を殺すための罠をしかける建部に対し、「逃げたら、建部が可哀想や」といって建部の魂胆に気づかないふりをして一緒に旅をし続けてあげるなど、常人では考えられない行動をとってしまいます。何度も命に関わるような危機に瀕していながら、暗くならずに飄々と乗り切ってしまうところも爽快です。

他の登場人物がそれぞれ権力、地位、財産など自己の利益を求めて必死になっているところで、独自の価値観で動いている万吉は、どこかユーモラスで自分自身の人生への執着がないようにも見えます。

自分の人生を「俄」に喩えた万吉ですが、この言葉には、喜劇役者を演じている自分を舞台の外から眺めているような、淡々としてユーモアに富んだ主人公の人生哲学が現れているように思います。
by hicello | 2006-05-10 15:34 | 読書