
しばらく忙しくしていて更新が遅れてしまいました。新年になり、部署を異動することになりました。今までの仕事の引継ぎと新しい部署の立ち上げで忙しい時期ではありますが、いろいろな人との出会いに恵まれ、新鮮な驚きに満ちた楽しい日々を送っています。
さて、お正月休みに神社にお参りして、家でのんびりと過ごしていたところ、ふと神道についてもっと学んでみたいという気分になり、神道に関連する本を2冊購入しました。
「神道のこころ」と「神道 感謝のこころ」という本です。著者の葉室頼昭氏は、形成外科の医師として40年間過ごした後、春日大社の宮司になられた方です。学生時代に当時、不治の病と言われた肺結核にかかり、それが突如消えうせるという神秘的な体験をしたことから、医療の世界に携わりつつ、この体験がなぜ起こったのか、人間はどのように生きるのが幸せなのかということに興味を持ち、答えを探求し続けていたということです。
本の内容は、著者の生い立ちから始まって、神道だけでなく、日本人論や医学、社会、宇宙の仕組みの話に及んでいて面白く、一気に読むことができました。
この本を読むと、神道とは一般的な宗教とは全く異なる性格のものであり、日本人の生活に根ざした思想であることが分かります。
日本の古代、大和朝廷の国家や宗教の考え方について説明されている部分で、印象に残ったところを少し抜粋したいと思います。著者は大和朝廷の国の治め方を例にして、人間や生き物の調和について説明しています。
「古代、大和朝廷が日本を治めたやり方は世界に稀なる方法だったのです。外国の王朝は武力でもって国を征服するでしょう。そうすると、そこの宗教から文化まで全部滅ぼすわけです。それで自分の持っている宗教や文化を押しつけて国を大きくして治めた。ところが、そういう国は全部滅びているのです。その土地の文化、伝統、宗教を滅ぼしたものは、どんなに武力が強大になり、どんなに経済力が発達しても、滅びてしまうんです。
ところが大和朝廷のやり方はだれが考えたのかは知らないけれども、世界でまれなるやり方をやったんです。というのは、奈良なら奈良に都を置いて国を治めるために、本当だったらほかの部族を滅ぼして、大和朝廷の天皇の宗教を押しつけるはずです。ところがそれをやらないで、それぞれの氏族の神さまを全部朝廷に持ってきた。それぞれの神さまを天皇がお祀りいたしましょう。こういうやり方をやったわけです。だからみんな反抗しないで従ったんです。自分が拝んでいるところの祖先の氏神さまを全部天皇が祀ってくださる。いま宮中に、賢所と皇霊殿と神殿と三つのお社がある。賢所というのは天照大御神の斎鏡、皇霊殿は代々の天皇の御霊、神殿は日本全国の八百万の神さまを祀ってあるところです。この三つのお社をいまでも宮中に祀ってあります。
日本人は決して単一民族ではない。いろいろな氏族がいたわけでしょう。それぞれが祀っている神さまを全部天皇家におさめた。それで決して外国のように滅ぼさなかった。だから天皇家は続いているんです。
神道というのは珍しいんですね。キリスト教だったらキリストだけでしょう。ほかの神さまを祀らないでしょう。ところが神社は神さまが違う。それで統一されている。本当だったらお互い争うはずなんだけれど、神道同士が争ったという歴史はないですね。神さまは全部違う。それでもみんな統一されて、調和されているでしょう。それは大和朝廷がそういうやり方をやったわけですが、これが本当のやり方です。だから絶対もとの宗教を滅ぼしてはいけない。滅ぼしたら自分も滅びてしまう。そういうことを知っていたんです。
それは、いつも話しているように、生物が生きていく姿と同じです。生命は三十五億年前に地球上の水のなかに誕生して、以来、ずっと行き続けているわけでしょう。どうやって行き続けているかというと、祖先の遺伝子、つまり祖先が持っている伝統を、親から受け継いで子孫に伝える。この方法だけで、植物から虫から細菌から全部生きている。だから伝統を伝えるということが大事です。伝えなくなったら死ぬんです。そういう本当のことを知っていたから、その地方の伝統は絶対滅ぼさない。つまり、全てが協調のなかに生かされているということを、昔の日本人が知っていたということでもあるんです。地球は大宇宙のバランスによって生み出されましたが、水から生命が誕生したのもバランスを保つことによってそれぞれの生物が生きることができる。これは大自然の絶対の摂理です。この考えをもって日本全国を統一したわけです。滅ぼさない。それで伝えているわけです。全部を伝えさせておいて、神さまをここでさらにお祀りしましょうというものだから、大和朝廷は二千何百年も続いているんですね。」(「神道のこころ」P.125-127)
この部分を読んでいて、今の時代を生きる人間は、全てを二元論で考えすぎているのではないかと感じました。「善と悪」「勝ち組と負け組」「アメリカとイラク」「白人と黒人」「キリスト教とイスラム教」・・・
何が正しくて何が間違っているのかを追求すると、自分も相手も追い詰めてしまって平行線を辿ってしまい、苦しい袋小路にはまってしまうのではないでしょうか。
大抵の日本人が特定の宗教を持たずに中立でいられるのは、根底にこのような「全ての神さまを受け入れる」という神道の思想文化があるお陰なのではないかと思います。